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  • 2017.05.04 Thursday
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『海は見えるか』35

JUGEMテーマ:小説/詩


 敢えてお叱りを覚悟で書きますが、本当に防潮堤は必要なのでしょうか?
 
 例えば、被災した宮城県山元町に実家があり、植物工場を利用して「みがきイチゴ」というブランドを創り上げ成功している岩佐大輝氏と一緒に山元町に完成した防潮堤を見に行ったことがあります。
 山元町の海岸は東北では珍しい砂浜で、東北ではサーフィンのメッカとして知られた場所だそうです。そこに見上げるような防潮堤が完成していました。
 沿岸近くに行っても、海は見えません。
 そして、防潮堤の手前には広々と雑草が広がる荒れ地が続きます。
 沿岸で暮らしていた人たちが皆、海岸から離れた場所で暮らすことを決めたために、そのままの荒れ地になっているのです。
 実は、防潮堤は、海岸沿いに事業所や家屋を建てない場合には、設置しないという前提があるそうです。しかし、山元町の沿岸には、それが適用されませんでした。
 なぜなら、震災直後の避難所で住人や事業所の責任者から同意書を取り付けてしまったからです。
 誰も住まず、誰も事業もしない場所に延々と続く防潮堤。その頂上に登ってしか見えない海を眺めてながら、これだとサーフィンに来る人も減るかも知れないと思いました。
 防潮堤がなければ津波に翻弄される。だから、住人のためにつくってやるんだと考えたわけではないでしょう。
 しかし、東北沿岸に延々と伸びる防潮堤は、何事も短絡的で無責任な国になってしまったニッポンの象徴のように見えたのは私だけでしょうか?
 

『海は見えるか』34

JUGEMテーマ:小説/詩


震災遺構の問題とならんで、メディアが各被災地で取り上げたのが、防潮堤の問題でした。再び同程度の津波が来ても、今度は堤防が防ぐ――という発想の下、震災直後から政府は、東北の太平洋沿岸に、今までにない強固で高い防潮堤の建設を決めました。
 国民の命を災害から守るのですから、迅速で徹底した対応は当然で、当初はさしたる話題にもならなかった気がします。
 
 しかし、いざ現実に防潮堤の建設が始まると、あちらこちらから防潮堤の是非を問う声が上がってきました。
 問題となったのは、規模と費用でした。防潮堤の総延長は約400キロ。直線距離にすると東京―大阪間に匹敵する距離です。そこに最大高さ15.5メートルもの堤防を建設。総事業費は約1兆円に上るという巨大プロジェクトでした。
 元あった防潮堤を超えて津波被害が甚大になった教訓からの建設なのですが、果たしてそこまでして防潮堤が必要なのだろうかという疑問が当然湧いてくるのは当然でした。
 しかし、防潮堤は震災直後のどさくさの中で、大半の被災者が建設に同意したと言われています。しかし、当の被災者の多くは、そんな同意書にサインしたことすら記憶にないという人も大勢いたようです。それでも、防潮堤建設は一刻を惜しむように建設が始まりました。
 
 

『海は見えるか』33

JUGEMテーマ:小説/詩


被災地での自衛隊の活躍の一端を記したノンフィクション『ドキュメント 自衛隊と東日本大震災』(瀧野蝋醒 ポプラ社)の中で、そもそも自衛隊が遺体洗浄に携わるのは異例だと書かれていました。
 しかし、状況を考えた上で、現場の責任者の判断で協力することになったとか。
 
 一言で遺体洗浄といいますが、その作業は過酷です。
 携わる自衛官の心のケアもしっかりしなければ、それは後々彼らに大きな傷を残すことにもなります。
 そのためのケアもしっかりと行い、自衛隊はこの過酷な作業を続けたそうです。
 一例を挙げると、遺体を生きた人だと考えて洗浄したことにあると同書では記されていました。汚れた生存者に声をかけて洗う作業を続ける。その感覚で精神的な負担を軽減したそうです。
 
 それ以外にも、自衛隊は長期間に渡り遺体捜索作業も続けました。
 
 こうした負担が時に悲劇を生んだことを私達は心にしっかりと刻んでおくべきだ――
 無神経というお叱りを受けるのを覚悟で、『海は見えるか』の作品で、この出来事を書きました。
 
 近年、メディアの信用度が劣化しています。その一因は、メディアが自己規制をかけて、読者が求める出来事ばかりを伝えていることにもある気がします。それをジャーナリズムと呼べるでしょうか。
 こうした現象を、ただ批判するだけではなく、小説という場で、被災地で起きた様々な出来事を刻む――
それも『そして、星の輝く夜がくる』と『海は見えるか』の役目だったと考えています。
 
 

『海は見えるか』32

JUGEMテーマ:小説/詩

 被災地では、スーパーマンのような活躍をする自衛隊にも、行動規範があります。
 つまり、自衛隊として携わらない支援もあります。
 その一つが、遺体の洗浄でした。
 
 不幸にも地震や津波によって命を落とした方の捜索後、遺体は必ず検死をしなければなりません。それを済ませて初めて「亡くなった」ことが確定します。
 津波被害が大きく、発見された遺体は損傷が酷かったと聞きます。
 その一体一体を検死するわけですが、多くの遺体はヘドロなどを被った状態で発見されています。そこで検死のためには遺体の洗浄が必要となります。
 通常、この作業は警察なり監察医務院の管轄になります。
 
 しかし、膨大な遺体が発見され、警察も検死関係者も洗浄をするための要員が割けませんでした。その上、もう一つ重大な問題がありました。
 それは、遺体を洗う水がなかったことです。
 
 そのため、自衛隊に「特別な協力」が求められました。
 それは、自衛隊のある部隊が持っていた洗浄装置を、遺体洗浄に使わせて欲しいという協力要請でした。
 

『海は見えるか』32

JUGEMテーマ:小説/詩

 被災地では、スーパーマンのような活躍をする自衛隊にも、行動規範があります。
 つまり、自衛隊として携わらない支援もあります。
 その一つが、遺体の洗浄でした。
 
 不幸にも地震や津波によって命を落とした方の捜索後、遺体は必ず検死をしなければなりません。それを済ませて初めて「亡くなった」ことが確定します。
 津波被害が大きく、発見された遺体は損傷が酷かったと聞きます。
 その一体一体を検死するわけですが、多くの遺体はヘドロなどを被った状態で発見されています。そこで検死のためには遺体の洗浄が必要となります。
 通常、この作業は警察なり監察医務院の管轄になります。
 
 しかし、膨大な遺体が発見され、警察も検死関係者も洗浄をするための要員が割けませんでした。その上、もう一つ重大な問題がありました。
 それは、遺体を洗う水がなかったことです。
 
 そのため、自衛隊に「特別な協力」が求められました。
 それは、自衛隊のある部隊が持っていた洗浄装置を、遺体洗浄に使わせて欲しいという協力要請でした。
 

『海は見えるか』31

JUGEMテーマ:小説/詩


被災地の物語を書く上で、忘れてはならない存在があります。
 自衛隊の活躍です。
 このところ、安保法制で自衛隊や集団的自衛権が話題となることが多いですが、その一方で大災害が発生した時の自衛隊の活躍は目を見張るものがあります。
 この大活躍も、やはり1995年の阪神淡路大震災の教訓から生まれました。
 あの時、震災発生直後から、自衛隊の駐屯所はいつでも災害救助に出かける準備を整えスタンバイしていました。しかし、当時の法制度では自治体のトップからの申請がない限り出動ができませんでした。なかなか地元からの要請が出ず、その結果、出足で大きく出遅れてしまったのです。
 
 その後、法改正が行われ、自衛隊は迅速に大災害の地に駆けつけて大活躍しているのは、多くの日本人に記憶残っています。
 東日本大震災でも、自衛隊の活躍はめまぐるしく、崩落した道路の修正や被災地での様々な支援活動にも八面六臂の奮闘をしました。
 
 その中で、余り語られていない重大な功績がありました。
 それは、生存者捜索と同時に進められた遺体の回収と洗浄でした。
 
 

『海は見えるか』30

JUGEMテーマ:小説/詩


 子どもは、身体だけではなく、心もまた柔軟で回復も早いというのが、専門医の見解だといいます。
 逆に、大きなショックを受けた直後に、パニックになったり腹痛や夜尿などの身体的症状がでることはあるけれど、後々にまで尾を引く心の障害は少ない――
 その認識を持っている人は一般人では意外に少ないのではないでしょうか?
 
 もちろん全くないわけではなく、大人と比べると少ないという点は留意する必要があります。
 実際、阪神淡路大震災でも被災して10年近く経ってから、突然PTSDが起きた例もあるそうですから。
 
 だとすれば、小説で描くのは子どもたちの大切さを訴えることだと思いました。
 『海は見えるか』も、第1作同様連作短編集なのですが、前作以上に各短編に関連性を持たせたのですが、心のケアについては、全編で状況経過や様々なケースを織り込むように努めました。
 
 

『海は見えるか』29

JUGEMテーマ:小説/詩


被災した子どもの心のケアには、ある定説があると聞きました。
 それは、被災一年後にPTSDになる子どもが多いという説です。
 実際、2011年の晩秋に東日本大震災の被災地の小学校を取材した時、教頭が「震災1周年の頃から、教職員がしっかりと子どもをケアしなければならないと思っている」と話してくれました。
 
 『海は見えるか』でも、この問題をしっかりと捉えようと決めました。
 そこで、阪神淡路大震災の際に被災者の心のケアを行い、その後様々な災害やDV、犯罪などのPTSDを研究診察してきた心のケアセンターの専門医に取材をしました。
 
 そこで驚くべきお話を伺いました。
 「実際には、阪神地区で震災1年後に急にPTSDを発症した子どもが増えたという記録はない」というのです。
 さらに、「子どもは一番立ち直りやすく、PTSDを発症する例が少ないというのが、学会の定説」だという話も聞いたのです。
 
 

『海は見えるか』28

JUGEMテーマ:小説/詩


『海は見えるか』を始めるに当たり、一番心を砕いたのは、震災二年目をどう描くかでした。
 地震と津波の爪痕が残り、誰もが心の傷を抱えた状態の1年目とは異なるテーマがなければ、続編は単なる惰性で終わります。
 『海は見えるか』を書く必然性が絶対に必要でした。
 
 続編を書くと決めた段階で、漠然としたイメージはありました。
 1つは、被災地という本来は非日常の場所が、日常となったことで何が起きたのか――
 一向に復興しない被災地ではあっても、人々は日々生活を取り戻していきます。
 しかし、それはまだかりそめの生活です。なのに、あまりに遅い復興のために、そのかりそめが本当の生活だと割り切らなければならない時が来ます。その時、人々はどうするのかを考えたいと思いました。
 
 もう1つは、一年目は表面化しなかった心の問題やそもそも復興すべきものの正体をどう物語として結実させるか――です。
 
 ある意味、『そして、星の輝く夜がくる』よりも地味になるかも知れない。
 でも、もっと小説でしか描けないものが生まれるのではないか?
 
 恐る恐る原稿に向かいました。
 

『海は見えるか』27

JUGEMテーマ:小説/詩


『そして、星の輝く夜がくる』は、不思議な作品です。
 前述したように、真山仁らしくないという声は今でもありますが、それ以上に読んだ方からの熱い想いがたくさん寄せられた作品でもありました。
 短編集ではありましたが、実際は長編を書く以上に神経を削った面もあり、1本書き上げる度に、暫く放心してしまって他の作品が書けないほどでした。
 そんな理由もあって、この作品はこれで終わろうと考えていました。
 
 ところが、読んでくださった多くの方から「まだまだ被災地には様々な問題が山積しているし、ここで登場した人たちの物語をもっと読みたい」という声をたくさん戴きました。
 不遜な私は、普段は続編待望の声が上がっても、最初からシリーズ化を考えていた作品以外は、「これ以上書くことはない」とご要望に応えたことはありませんでした。
 
 でも、『そして、星の輝く夜がくる』だけは、その声が嬉しく、私自身ももっと書きたいと思っていたこともあり、辛くてももう1作、挑んでみようと原稿に向かいました。
 
 それが、『海は見えるか』の始まりでした。
 
 
 

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