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  • 2018.01.18 Thursday
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『海は見えるか』40

JUGEMテーマ:小説/詩

 復旧だ復興だと、人間が被災地の未来を決めることができずにいる間に、自然は新しい生態系競争を始めています。
 震災から3年目ぐらいからでしょうか? 被災地を訪れると、瓦礫が撤去されて建物の基礎部分が残るだけの荒れ地となった場所に、草花が生え始めました。
 一面、家もビルもない原野となったことで、生存能力の強い植物が、辺りを席巻します。それはもう容赦なく。
 その逞しさは目を見張ります。同時に、潮と泥を被り、本来植物が生息するには難しい場所でも、時間経過があれば、どんどん新陳代謝が行われる自然の力の前には、人間の営みなどいかに無力でちっぽけなものかを思い知らされます。
 自然のように当たり前のことすら出来ない人間の知恵とは何なんだろうと、はたと考え込んでしまいます。
 そうして途方に暮れている間に、植物は群生を始め、やがて、そこが津波に襲われた被災地であることすら覆い隠していきます。
 このセイタカアワダチソウの群生を見た時、「何の予備知識もなくここを訪れた人は、空き地のキリンソウがきれいと思うだけで、被災地だとは想像できないだろうな」と思いました。



 

『海は見えるか』39

JUGEMテーマ:小説/詩


「震災は、30年先の東北が、突然今来ただけ」
地元出身で、肉親と職を失いながらも地域復興を願ってボランティア活動を続けている30代の男性から聞いた話です。
過疎が進み、若者が働く場所が少なく、皆故郷を出て帰ってこない。
震災が起きる前から、被災地は似たりよったりの状態でした。
そして、津波が全てを破壊し、そのまま再開できない事業所も少なくありません。
彼の言葉は、将来、過疎化の行き着く先が今やってきただけだという意味だけに、聞いた時ずっしりと重く響きました。
「元に戻してもらっても困るんですよね。だから、少しでも地元の人の暮らしにプラスになることを、自分たちが主人公として被災地の未来を考える努力をしなければならない」
彼はその後も、防潮堤反対運動を続けています。
「海が見えない」のは、復旧ですらない。津波被害を受けない方法は他にもあるので、美しい浜をそのままの状態で残したいという運動を続けています。
 

『海は見えるか』38

JUGEMテーマ:小説/詩

 先日、復興予算が4年間で、9兆円も未使用だったという記事が出ていました。総額が29兆5千億円の復古予算の中の9兆円と言えば、3分の1近い額です。
 なぜ、こんなことが起きるのでしょうか?
 「最初から財務省も復興庁も地方にカネなんてやりたくないんだ」という意見が結構上がりますが、それは違うと思います。
 まず第一に、被災地の現場の状況を理解せずに予算設計をしたことが大きいと思います。
 
 同時に、実は被災地の地方自治体にも大きな問題があります。
 地元の現状をしっかりと把握し、まずは復旧するために何が必要なのかを把握した上で、国に申請できていないのではないか。さらに、復興となると創造力と総合的な都市計画をまとめる構成力が必要ですが、それを持ち合わせていないのではないかという気がします。
 この問題は、実は日本中の地方自治体全てに言える病巣です。
 
 自治体と言うけれど、結局は国の出先機関でしかなく、少しだけ目新しい企画をやってお茶を濁しているが、長期展望に立った自治体の将来プランも産業政策もない。
 とにかく地方交付税交付金を取りっぱぐれないようにして、あとは、政府の顔色を伺うだけ。
 自治体にはよく名物町長と呼ばれる人がいますが、彼らも大抵は、元々国が用意した事業を取ってきて誰も使わないハコモノばかりを建てて終わる。
 我が町に今、そして未来に何が必要なのかを考え、その資金を国を説得してでも取ってくる。そして、市民や企業を巻き込んで事業を興せる首長も自治体職員もいない。
 その結果が、復興資金の莫大な未使用に繋がったのではないのでしょうか?




 

『海は見えるか』37

JUGEMテーマ:小説/詩

そもそも震災復興とは、何を指すのでしょうか?
 被災地を災害前の状態に戻すのは、「復旧」という言葉の方が正確でしょう。
 では、「復興」とはどんな状態か?
 元に戻すだけではなく、より豊かな賑わいをもたらして初めて復興と呼ぶことができるのではないでしょうか?
 スクラップ&ビルドという言葉があります。これを創造的破壊という言い方をすることもありますが、復興にはそういう意味が込められているはずです。
 
 では、実際はどうか?
 そもそも政府が「復興」を語る資格はない思います。
 そんな計画は、片鱗もない。それどころか元あった文化や風土を無視してコンクリートの無機質な街を作ればいいと考えたふしがあります。
 これは復興どころか、復旧とも呼べない。
 でも、それを指摘するメディアはなく、この五年間、ずっとメディアも「復興」が進まないと嘆いてきました。
 では、メディアが指す「復興」とは何か。それを明確に説明したのを聞いたことがありません。
 街が賑わうための新たな産業を興すつもりもなく、ただ沿岸を防潮堤で塞ぎ、沿岸地域を何メートルもかさ上げする。そうすれば街が豊かに賑わいを取り戻す。
 誰も信じられないことを、我々はこの五年間、ずっと「復興」と呼んできた気がします。
 

『海は見えるか』36

JUGEMテーマ:小説/詩


 防潮堤の問題でもう一つ重要な視点があります。
 防潮堤によって、沿岸から海が見えなくなることです。
 無論、堤防の上に上れば海は望めます。しかし、防潮堤の手前側にいたら、海はまったく見ることができません。
 
 震災で津波が発生した時、「海岸近くの海の底が見えた」ことで、大津波がやってくると察知し、必死で逃げたという証言が多数ありました。
 「海底が見えたら逃げよ」という古くからの言い伝えがあったからですが、それも防潮堤ができると見えなくなります。
 津波被害を受けた沿岸部の人たちは、生まれた時から海を眺め、海から生活の糧を得てきました。海と共存共栄してきたのです。
 
 そのため、震災後暫く経つと「海は怖いし憎い。でも、やっぱり気がつくと海を見ている」と答える被災者が大勢いました。
 多くの命や生活を奪った海ですが、それでも海から離れられないのが被災者の心情なのではないでしょうか。
 
 バブル経済が崩壊した後、日本は風土や地域特有の文化を蔑ろしてきた傾向があります。
 カネが全て。もっと言えば、弱者を踏み台にして誰がどうやって生き残るかに汲々としてきました。さらに、今まで以上に全国を一律標準化してしか考えないようになってもきました。
 それは、日本であって、日本ではない――。そんな印象を抱いている人は少なくないはずです。
 
震災復興を考えるに当たっても、同様の作用が働いた気がします。
 津波が怖いなら高い壁をつくればいい。それが被災者のためだろ、という根拠なき自信が邁進し、地元の声も、風土も文化も蹴散らしてきました。
 震災復興は、被災地だけの問題ではないことが、防潮堤建設の本質を掘り下げていくと見えてきたのです。
 
 
 

『海は見えるか』36

JUGEMテーマ:小説/詩


 防潮堤の問題でもう一つ重要な視点があります。
 防潮堤によって、沿岸から海が見えなくなることです。
 無論、堤防の上に上れば海は望めます。しかし、防潮堤の手前側にいたら、海はまったく見ることができません。
 
 震災で津波が発生した時、「海岸近くの海の底が見えた」ことで、大津波がやってくると察知し、必死で逃げたという証言が多数ありました。
 「海底が見えたら逃げよ」という古くからの言い伝えがあったからですが、それも防潮堤ができると見えなくなります。
 津波被害を受けた沿岸部の人たちは、生まれた時から海を眺め、海から生活の糧を得てきました。海と共存共栄してきたのです。
 
 そのため、震災後暫く経つと「海は怖いし憎い。でも、やっぱり気がつくと海を見ている」と答える被災者が大勢いました。
 多くの命や生活を奪った海ですが、それでも海から離れられないのが被災者の心情なのではないでしょうか。
 
 バブル経済が崩壊した後、日本は風土や地域特有の文化を蔑ろしてきた傾向があります。
 カネが全て。もっと言えば、弱者を踏み台にして誰がどうやって生き残るかに汲々としてきました。さらに、今まで以上に全国を一律標準化してしか考えないようになってもきました。
 それは、日本であって、日本ではない――。そんな印象を抱いている人は少なくないはずです。
 
震災復興を考えるに当たっても、同様の作用が働いた気がします。
 津波が怖いなら高い壁をつくればいい。それが被災者のためだろ、という根拠なき自信が邁進し、地元の声も、風土も文化も蹴散らしてきました。
 震災復興は、被災地だけの問題ではないことが、防潮堤建設の本質を掘り下げていくと見えてきたのです。
 
 
 

『海は見えるか』35

JUGEMテーマ:小説/詩


 敢えてお叱りを覚悟で書きますが、本当に防潮堤は必要なのでしょうか?
 
 例えば、被災した宮城県山元町に実家があり、植物工場を利用して「みがきイチゴ」というブランドを創り上げ成功している岩佐大輝氏と一緒に山元町に完成した防潮堤を見に行ったことがあります。
 山元町の海岸は東北では珍しい砂浜で、東北ではサーフィンのメッカとして知られた場所だそうです。そこに見上げるような防潮堤が完成していました。
 沿岸近くに行っても、海は見えません。
 そして、防潮堤の手前には広々と雑草が広がる荒れ地が続きます。
 沿岸で暮らしていた人たちが皆、海岸から離れた場所で暮らすことを決めたために、そのままの荒れ地になっているのです。
 実は、防潮堤は、海岸沿いに事業所や家屋を建てない場合には、設置しないという前提があるそうです。しかし、山元町の沿岸には、それが適用されませんでした。
 なぜなら、震災直後の避難所で住人や事業所の責任者から同意書を取り付けてしまったからです。
 誰も住まず、誰も事業もしない場所に延々と続く防潮堤。その頂上に登ってしか見えない海を眺めてながら、これだとサーフィンに来る人も減るかも知れないと思いました。
 防潮堤がなければ津波に翻弄される。だから、住人のためにつくってやるんだと考えたわけではないでしょう。
 しかし、東北沿岸に延々と伸びる防潮堤は、何事も短絡的で無責任な国になってしまったニッポンの象徴のように見えたのは私だけでしょうか?
 

『海は見えるか』34

JUGEMテーマ:小説/詩


震災遺構の問題とならんで、メディアが各被災地で取り上げたのが、防潮堤の問題でした。再び同程度の津波が来ても、今度は堤防が防ぐ――という発想の下、震災直後から政府は、東北の太平洋沿岸に、今までにない強固で高い防潮堤の建設を決めました。
 国民の命を災害から守るのですから、迅速で徹底した対応は当然で、当初はさしたる話題にもならなかった気がします。
 
 しかし、いざ現実に防潮堤の建設が始まると、あちらこちらから防潮堤の是非を問う声が上がってきました。
 問題となったのは、規模と費用でした。防潮堤の総延長は約400キロ。直線距離にすると東京―大阪間に匹敵する距離です。そこに最大高さ15.5メートルもの堤防を建設。総事業費は約1兆円に上るという巨大プロジェクトでした。
 元あった防潮堤を超えて津波被害が甚大になった教訓からの建設なのですが、果たしてそこまでして防潮堤が必要なのだろうかという疑問が当然湧いてくるのは当然でした。
 しかし、防潮堤は震災直後のどさくさの中で、大半の被災者が建設に同意したと言われています。しかし、当の被災者の多くは、そんな同意書にサインしたことすら記憶にないという人も大勢いたようです。それでも、防潮堤建設は一刻を惜しむように建設が始まりました。
 
 

『海は見えるか』33

JUGEMテーマ:小説/詩


被災地での自衛隊の活躍の一端を記したノンフィクション『ドキュメント 自衛隊と東日本大震災』(瀧野蝋醒 ポプラ社)の中で、そもそも自衛隊が遺体洗浄に携わるのは異例だと書かれていました。
 しかし、状況を考えた上で、現場の責任者の判断で協力することになったとか。
 
 一言で遺体洗浄といいますが、その作業は過酷です。
 携わる自衛官の心のケアもしっかりしなければ、それは後々彼らに大きな傷を残すことにもなります。
 そのためのケアもしっかりと行い、自衛隊はこの過酷な作業を続けたそうです。
 一例を挙げると、遺体を生きた人だと考えて洗浄したことにあると同書では記されていました。汚れた生存者に声をかけて洗う作業を続ける。その感覚で精神的な負担を軽減したそうです。
 
 それ以外にも、自衛隊は長期間に渡り遺体捜索作業も続けました。
 
 こうした負担が時に悲劇を生んだことを私達は心にしっかりと刻んでおくべきだ――
 無神経というお叱りを受けるのを覚悟で、『海は見えるか』の作品で、この出来事を書きました。
 
 近年、メディアの信用度が劣化しています。その一因は、メディアが自己規制をかけて、読者が求める出来事ばかりを伝えていることにもある気がします。それをジャーナリズムと呼べるでしょうか。
 こうした現象を、ただ批判するだけではなく、小説という場で、被災地で起きた様々な出来事を刻む――
それも『そして、星の輝く夜がくる』と『海は見えるか』の役目だったと考えています。
 
 

『海は見えるか』32

JUGEMテーマ:小説/詩

 被災地では、スーパーマンのような活躍をする自衛隊にも、行動規範があります。
 つまり、自衛隊として携わらない支援もあります。
 その一つが、遺体の洗浄でした。
 
 不幸にも地震や津波によって命を落とした方の捜索後、遺体は必ず検死をしなければなりません。それを済ませて初めて「亡くなった」ことが確定します。
 津波被害が大きく、発見された遺体は損傷が酷かったと聞きます。
 その一体一体を検死するわけですが、多くの遺体はヘドロなどを被った状態で発見されています。そこで検死のためには遺体の洗浄が必要となります。
 通常、この作業は警察なり監察医務院の管轄になります。
 
 しかし、膨大な遺体が発見され、警察も検死関係者も洗浄をするための要員が割けませんでした。その上、もう一つ重大な問題がありました。
 それは、遺体を洗う水がなかったことです。
 
 そのため、自衛隊に「特別な協力」が求められました。
 それは、自衛隊のある部隊が持っていた洗浄装置を、遺体洗浄に使わせて欲しいという協力要請でした。
 

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