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人間の原罪と業を描き続けた重鎮の渾身作に震えた

『灯台』(ハヤカワポケットミステリ)著P.D.ジェイムズ

 刺激を受けたり、目標にしている小説家はたくさんいる。だが、憧れの小説家は、一人しかいない。
その小説家とは、P.D.ジェイムズ(PDJ)だ。英国ミステリ界の重鎮として知られる彼女の作品の魅力を、一言で言い表すのは難しい。
敢えて言葉にするならば、重厚でありながら繊細、人を突き放すような孤高感が漂うのだが、同時に人間への優しい眼差しに溢れている――。
1974年に、彼女の作品としては番外編にあたる『女には向かない職業』(ハヤカワミステリ文庫)で、日本に登場(英国での発表は72年)。同作品で、初々しい女探偵コーディリア・グレイが人気を呼び、日本でもファンを掴んだ。しかし、彼女がデビューしたのは、62年の『女の顔を覆え』(ハヤカワポケットミステリ)で、以来85歳で発表した新作『灯台』まで、ほぼ一貫してロンドン警視庁の警視長にして詩人でもあるアダム・ダルグリッシュを主人公にしてきた。
ミステリとしては、トリックや犯人の意外性以上に、動機に重きが置かれ、その動機が明かされた時、ドーンと腹の底にまで響くような人間の原罪や業が胸に迫ってくる。

私の彼女への想いの丈については、ハヤカワミステリマガジンの7月に寄稿させていただいたので、参照していただければと思う。

 その彼女の新作『灯台』を読み終えた。
 読み終えた時、何とも言えない深い感慨がこみ上げてきて、暫く呆然としていた。
 一ファンとしてずっと彼女の作品を追いかけ続けてきた者としての感慨と言えるものだった。
 彼女の作品の中で、傑出していたわけではない。だが、今まで感じた以上に小説家PDJの覚悟を強く感じた。デビュー以来40年以上も彼女が求め続けてきた世界について、自分自身で落とし前をつけた。これで自分はもう思い残すことはない。そんな覚悟だった(実際、英国では同作が最後の作品ではないかと言われている)。
 
 物語の舞台は、英国南部に設定した架空の孤島。著名な小説家が古い灯台で首を吊って死んでいるのが発見されたところから物語は始まる。その場所が、英国内外のVIPの隠れ家として注目されていて、近々先進国の首脳が密かに集まる場所の候補地になっていたために、地元警察ではなく、スコットランドヤードの幹部が派遣されるという設定だ。

 ファンにはよく知られているのだが、彼女は“ミステリの女王”と呼ばれるのを喜ばないそうで、中でも“クリスティの後継者”と見なされることをいやがっていたという。にもかかわらず、この作品の全編に漂うのは、クリスティが得意としたような孤島という閉ざされた世界。さらには、登場人物全てに動機と機会があり、誰もが嘘をつき秘密を持っている。 
誰が犯人であってもおかしくない、というのは、PDJ作品の特徴なのだが、今回は、その動機づけがよりクリスティ的な匂いがあった。
 
 だが、何より今まで以上にクリスティっぽいなと思わせたのが、被害者だった。これも彼女の特徴だが、一番邪悪だったのは、被害者の方ではなかったという設定が多いのだが、今回の作品は、極めつきだった。あまり多くを語るとネタバレになるのだが、死んだ小説家は、小説のモデルや設定を考えるに当たり、実際にそばにいる人間を苦境に追い込んで、それを活写するという手法で、小説のリアリティを求めていたのだ。

 この設定には、かなりドキッとさせられた。
 たった一人の人間の頭と経験から、大勢の登場人物を生み出さなければならない小説の作業とは、私のような凡人にはかなりの苦行だ。それだけに、この大作家のやり方が、何となく分かるのだ。
 むろん、そんなことをする度胸はないのだが、同じく大作家であるPDJが、敢えて小説家のタブーを侵した男を被害者に選び、物語を展開させる大胆さに、逆に彼女の小説家としての自負を感じた。

 人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか。誰かを犠牲にすることも、犠牲になることも、それは本来の人間のあるべき姿ではない。長い作家生活の中でそう訴え続けてきた彼女が、非常にオーソドックスなミステリ世界の中で、自らの意志を高らかに謳い上げた。

 PDJは、日本では「難解」というイメージを持つ人が多い。そんな人には、意外だが、本作は入門編として良いかもしれない。難解さではなく、英国のさわやかな香りと孤島独特の穏やかな風を普段以上にストイックに書き綴っているからだ。

 本を閉じて呆然としていた私は、改めて彼女の凄さに打ちのめされ、自らの未熟さをしみじみと噛みしめてしまった。
 

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