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  • 2017.05.04 Thursday
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ランキン復活!?『死者の名を読み上げよ』



 私が敬愛して止まないスコットランドの作家イアン・ランキンの新作『死者の名を読み上げよ』は、期待に違わぬ傑作だった。
 エジンバラを舞台にしたランキン作品の魅力は、まるでその街の空のようにダークに沈んだモノトーンの中で、公私に問題を抱える主人公ジョン・リーバスという破滅型の警部の生き様だ。とにかく不器用で頑迷。終始人生と社会の崖っぷちをフラフラしながら、ただ一点完全無欠な正義のみで生きながらえている。英国現代ミステリの伝統である警察官を主人公にしたシリーズではあるが、限りなくハードボイルドの薫りが強い。

 98年に代表作である『黒と青』(ハヤカワポケットミステリ)が刊行されて以来、ずっと私にとって“特別な存在”だった。日本で刊行された作品(おそらく12冊)を読破するほど私が惹かれる理由は、作品の漂う灰色の世界感と現代社会の暗部を鋭利な刃物で描く鋭さと深さにある。そして、余りにも生臭い武骨男リーバスの人間くささ。それ以前から、ハマっている他の英国作家(P.D.ジェイムズやレジナルド・ヒルなど)とは明らかに志向を異にしながら、それと同時にやはり伝統的な英国ミステリの王道をしっかりと抑えているところだ。

 とは言うもの、この数作、どこに行ってしまうのだろうかと心配になるほどのどん底を、リーバスはのたうち回っていた。また、初期の作品と比べて徐々にミステリ色が色褪せ、文学的志向も感じていた。
 それはそれで魅力的ではあるのだが、読む側に精神的な余裕と健全性がないと本が開けないという覚悟が必要になっていた。

 だが、しかしである。今回の作品で、ランキンは何か突き抜けたようだ。
 リーバスは遂に奈落の底から這い上がり、久々に刑事として猛進を始める。何より作品のスケール感が違う。過去にも社会的な要素を取り入れては来たが、今回は実際にエジンバラで開催されたG8を見事に虚構の中に織り込み、今までにない政治的なメッセージもたっぷりと混ぜた。
 何より凄いのが、社会的発言のための小説ではなく、徹底した娯楽性を追求し、ミステリとしても最高級の仕掛けを随所に張り巡らせながら、明らかに現代の国際政治が孕んだ矛盾を糾弾するという“離れ業”をやってのけている点だ。

 出世作『黒と青』を超えた――。私はそう感じた。
 1960年生まれのランキンは、20代後半から作家デビューを果たし、既に“重鎮”の域に達している。しかし、それに甘んじることなく小説家としての使命と進化を続ける姿勢に、ただただ感服するばかりだ。
  

新作準備を前に〜今、お奨めしたい3作品

JUGEMテーマ:読書


すっかりブログの更新をサボっていました。
何か書かねばと思いながら、今年は日々の原稿で窒息しそうで、年の瀬を迎えてしまいました。

そんな中、ある事情で掲載を見送った「今、私がお奨めする3作品」を“復活”させたいと、思い久々に更新します。
紹介する3作品は、今年9月に「文藝春秋」の依頼で訪れた東欧取材から、私の中で確信となった“ある転機”を決定づける作品でもあります。

そして、年明けの2月からスタートする新連載、さらには春頃に刊行予定の2本の新作を含めて、私の大転換(本質的には変わっていませんが、作品のテーマ的には変わったと思われるだろうと思います)の方向性を指し示すものでもあります。


 私の読書傾向は、かなり偏っているかも知れません。大好きな小説家の新作は欠かさず読む以外、社会をどう見るべきなのかという刺激を求めて手に取る場合が多い気がします。私自身が執筆に当たり、「常識を疑え」という思いを大切にしているためでもあります。
 小説とはワクワクドキドキする時間を楽しむと同時に、こういう考え方、生き方があるのかという人間の本質への探訪でもある――。そんな作品づくりを目指すために、最近刺激を受けた三作をご紹介します。
 まずジョージ・オーウェル『1984年』です。これは世界が三分割され、そこで築き上げられた管理社会の中で人々が生きるという近未来小説です。1949年に発表された作品ですが、当時のソ連の独裁制の恐怖を描いた作品として、大きな衝撃を与えたと言われています。
 幸運にも、一九八四年は、無事に過ぎました。ところが本書で描かれた社会は、ひたひたと私たちの足下で熟成を続け、二一世紀に入ってその片鱗が姿を見せ始めたのではないか。本書を読み進むにつれて、そんな実感を何度も感じました。
 たとえば本書では、「無知は力である」というスローガンが叫ばれています。国民を思考停止させることができれば、巨大な力はないという意味だと私は感じました。ある意味、高度経済成長を遂げれば人は幸せになれるというスローガンの背景にも、こんな発想があったのではないかと思います。それが二一世紀になり、「カネがあれば幸せになれるはず」という新自由主義となって、さらに磨きがかかりました。一方で、日々他人の不幸と現状肯定を前提としたバラエティばかりを垂れ流すメディアの有り様は、国民を「無知」の状態に止めておく謀略ではないかと私のようなひねくれ者は考えてしまいます。
 哀しいかな、オーウェルが予言した社会は、ゆっくりと確実に完成しつつあるのではないか。本書を読み終えて、そう思わない人はいないのではないでしょうか。
 次におすすめするのは『サラマンダーは炎のなかに』という作品です。英国のスパイ小説の巨匠ジョン・ル・カレの、翻訳されている作品としては最新作です。長らく東西冷戦のはざまで生き抜くスパイたちのドラマを描き続けてきたル・カレは、冷戦終結後、新たなる敵を探す旅を続けていました。その彼が行き着いた一つの結論が、本書で描かれています。
 作品では、ベルリンの壁が登場した60年代に物語が始まり、二人の男の友情を軸に50年間の世界の激動が描かれています。「東西」という、ふたつの対立軸が拮抗する世界が終焉した次に、まん延したのは、新自由主義という欲望の権化でした。物語の中でル・カレは「自分の行動こそが世界を正しい方向へ導く」という信念を互いに譲らない男たちの葛藤を描きながら、欲望と金が世界をねじ伏せ、そして捻じ曲げていくことの恐ろしさを、熱い人間ドラマを織り込みながら繰り広げていきます。
 本書を読むと、現代社会が明らかにオーウェルの『1984年』そのままの管理社会へと変貌しつつあるのではという危惧が募ります。
 モラルも誇りもかなぐり捨てて欲望の充足だけに耽溺する人間は、その一方で思考停止という陥穽にはまる。そしてその先に待っているのは、システムという見えざる独裁者による恐怖社会かも知れない……。
 最後に、国家に隷従させられることの恐ろしさ、あるいは『1984年』的恐怖を生々しく伝えるノンフィクションを紹介しましょう『ロシアン・ダイアリー』です。著者のアンナ・ポリトコフスカヤは、着実に権力を掌握したプーチン大統領(現首相)が説く国家資本主義に対して警告し続け、自宅のエレベータで暗殺されてしまう悲劇の人です。
 為政者が流す情報に疑いの目を持ち続け、考え続けることでしか、自由は守れない。彼女は命を賭けて、大切な真理を伝えてくれるのです。
 さて、手前味噌ですが、2010年2月から「別冊文藝春秋」で新連載を始めます。上記の三作品から受けた刺激を素に、現代社会が『1984年』的管理社会から逃れるためになすべきことは何なのかを、拙いながら考えてみたいと思っています。
 
 


フォーサイスの新作に注目!

 今年4月、ロンドンで国債陰謀小説の“巨匠”、フレデリック・フォーサイス氏にお会いする機会を得た。
 本当に偶然の縁が実を結んでの邂逅となったのだが、私にとってフォーサイス氏は、小説家になる夢を、より真剣に考えさせてくれるきっかけになった方だ。
 詳細は、ホームページ内のあるエッセイを参照いただければと思うが、虚実を織り交ぜながら、社会が抱える真実とは何かを小説に昇華していくという同氏のスタンスは、私にとっての目標であり、課題でもある。



今回は、彼の新作『アフガンの男』の日本刊行に併せて、インタビューをさせて戴く機会を得たのだ。さらに、ファンとしては感涙の解説まで担当させて戴いた。
 もう僭越などという生やさしさではないが、彼に寄せる敬意では人後に落ちないという強い(勝手な)自負に免じて、ご容赦戴ければと思う。。




JUGEMテーマ:読書


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  彼とのお話は、約2時間。小説に向ける眼差し、さらに今なお、徹底した取材を続ける姿勢には、ただただ頭が下がる想いだった。

 作品は、「911」は、始まりに過ぎなかったという視点から、イスラム社会が抱える闇にまで踏み込み、アルカイダのテロを単なる勧善懲悪としてではなく、価値観の異なる社会の歴史と相克、さらには民族の深い憎悪にまで掘り下げられた力作だった。
 過去の作品以上にスピリチュアルな仕上がりになったと思っているのは、私だけではないと思う。ぜひ、ご一読を!

 きっとあなたの常識を覆してくれる衝撃と出会えるはずだから。


http://www.mayamajin.jp/stage/01.html


『獄門島』礼讃!

 ご縁があって、今月3日から4週間に渡って、毎週火曜日(午後10時25分〜10時50分)、NHK教育テレビで『知るを楽しむ 私のこだわり人物伝』に出演させていただくことになりました。

 今回、取り上げさせていただくのは、長年敬愛して止まない探偵小説家の横溝正史さんです。


 名探偵金田一耕助シリーズで、余りにも有名な横溝さんの作品に最初に出会ったのは、高校時代でした。
 角川文庫による“横溝正史フェア”で手に取った『犬神家の一族』にはまり、以来発表されたほぼ全作品を読破するに至りました。

 放送では、その横溝作品の魅力をお伝えすると共に、作品に秘められた横溝さんの想い、さらには現代社会から見た横溝作品の意義なども考えてみました。


 撮影も、戦時中横溝さんが疎開された岡山県倉敷市や、『獄門島』の舞台となった笠岡諸島、さらには、現在横溝さんの書斎が移築されている山梨市なども訪れて、横溝さんがお感じになった空気にも触れさせていただきました。

 なぜ、『ハゲタカ』の真山が、横溝さんなんだ! というお叱りを受けるのは、覚悟しつつ、それでも今こそ横溝作品をもっと多くの方に読んでほしいという一念で、この暴挙を敢行してしまいました。ご容赦とご海容の程を切に願うと共に、ぜひご覧いただければ幸いです。

 その第1回となる3日は、「今こそ『獄門島』を読め!」と題して、日本の探偵小説の金字塔『獄門島』の魅力に迫りました。。

 

人間の原罪と業を描き続けた重鎮の渾身作に震えた

『灯台』(ハヤカワポケットミステリ)著P.D.ジェイムズ

 刺激を受けたり、目標にしている小説家はたくさんいる。だが、憧れの小説家は、一人しかいない。
その小説家とは、P.D.ジェイムズ(PDJ)だ。英国ミステリ界の重鎮として知られる彼女の作品の魅力を、一言で言い表すのは難しい。
敢えて言葉にするならば、重厚でありながら繊細、人を突き放すような孤高感が漂うのだが、同時に人間への優しい眼差しに溢れている――。
1974年に、彼女の作品としては番外編にあたる『女には向かない職業』(ハヤカワミステリ文庫)で、日本に登場(英国での発表は72年)。同作品で、初々しい女探偵コーディリア・グレイが人気を呼び、日本でもファンを掴んだ。しかし、彼女がデビューしたのは、62年の『女の顔を覆え』(ハヤカワポケットミステリ)で、以来85歳で発表した新作『灯台』まで、ほぼ一貫してロンドン警視庁の警視長にして詩人でもあるアダム・ダルグリッシュを主人公にしてきた。
ミステリとしては、トリックや犯人の意外性以上に、動機に重きが置かれ、その動機が明かされた時、ドーンと腹の底にまで響くような人間の原罪や業が胸に迫ってくる。

私の彼女への想いの丈については、ハヤカワミステリマガジンの7月に寄稿させていただいたので、参照していただければと思う。

 その彼女の新作『灯台』を読み終えた。
 読み終えた時、何とも言えない深い感慨がこみ上げてきて、暫く呆然としていた。
 一ファンとしてずっと彼女の作品を追いかけ続けてきた者としての感慨と言えるものだった。
 彼女の作品の中で、傑出していたわけではない。だが、今まで感じた以上に小説家PDJの覚悟を強く感じた。デビュー以来40年以上も彼女が求め続けてきた世界について、自分自身で落とし前をつけた。これで自分はもう思い残すことはない。そんな覚悟だった(実際、英国では同作が最後の作品ではないかと言われている)。
 
 物語の舞台は、英国南部に設定した架空の孤島。著名な小説家が古い灯台で首を吊って死んでいるのが発見されたところから物語は始まる。その場所が、英国内外のVIPの隠れ家として注目されていて、近々先進国の首脳が密かに集まる場所の候補地になっていたために、地元警察ではなく、スコットランドヤードの幹部が派遣されるという設定だ。

 ファンにはよく知られているのだが、彼女は“ミステリの女王”と呼ばれるのを喜ばないそうで、中でも“クリスティの後継者”と見なされることをいやがっていたという。にもかかわらず、この作品の全編に漂うのは、クリスティが得意としたような孤島という閉ざされた世界。さらには、登場人物全てに動機と機会があり、誰もが嘘をつき秘密を持っている。 
誰が犯人であってもおかしくない、というのは、PDJ作品の特徴なのだが、今回は、その動機づけがよりクリスティ的な匂いがあった。
 
 だが、何より今まで以上にクリスティっぽいなと思わせたのが、被害者だった。これも彼女の特徴だが、一番邪悪だったのは、被害者の方ではなかったという設定が多いのだが、今回の作品は、極めつきだった。あまり多くを語るとネタバレになるのだが、死んだ小説家は、小説のモデルや設定を考えるに当たり、実際にそばにいる人間を苦境に追い込んで、それを活写するという手法で、小説のリアリティを求めていたのだ。

 この設定には、かなりドキッとさせられた。
 たった一人の人間の頭と経験から、大勢の登場人物を生み出さなければならない小説の作業とは、私のような凡人にはかなりの苦行だ。それだけに、この大作家のやり方が、何となく分かるのだ。
 むろん、そんなことをする度胸はないのだが、同じく大作家であるPDJが、敢えて小説家のタブーを侵した男を被害者に選び、物語を展開させる大胆さに、逆に彼女の小説家としての自負を感じた。

 人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか。誰かを犠牲にすることも、犠牲になることも、それは本来の人間のあるべき姿ではない。長い作家生活の中でそう訴え続けてきた彼女が、非常にオーソドックスなミステリ世界の中で、自らの意志を高らかに謳い上げた。

 PDJは、日本では「難解」というイメージを持つ人が多い。そんな人には、意外だが、本作は入門編として良いかもしれない。難解さではなく、英国のさわやかな香りと孤島独特の穏やかな風を普段以上にストイックに書き綴っているからだ。

 本を閉じて呆然としていた私は、改めて彼女の凄さに打ちのめされ、自らの未熟さをしみじみと噛みしめてしまった。
 

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