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  • 2018.01.18 Thursday
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国民に希望を与える憲法改正とは、何だ

 

 安倍総理14日、伊勢神宮を参拝後の年頭記者会見で、宿願と言われる憲法改正に向けて「この国の形、理想の姿を示すものは憲法だ。今年こそ新しい時代への希望を生み出すような憲法のあるべき姿を国民にしっかりと提示し、憲法改正に向けた国民的な議論を一層深めていく」と述べた。

 

 この発言に、安倍総理の政治姿勢と、総理独特の言葉に対する無邪気なまでの英雄志向的誤謬を感じた。

 

 たとえば憲法とは、国家の理想の姿を示すものだとおっしゃるが、それでは、憲法は絵に描いた餅でいいと理屈になる。憲法とは、国家が成立するための大前提であり、全ての法律は、憲法によって拘束される。つまり、憲法は理想ではなく、基盤なのだ。だが、「理想」や「革命」「改革」という勇ましい言葉を好んで使う総理は、意味よりイメージに酔って、いきなり憲法軽視とも取られないような発言をした。

 これは、私が抱く「表層的で、かっこよさこそ総理の姿だと確信している」安倍総理像を暗示している。

 

 もう一つ、気になったのが「新しい時代への希望を生み出すような憲法のあるべき姿」という言い回しだ。国民に希望を与える憲法とはなんだろうか。

 

 メディアの報道によると、総理が憲法改正で最も重視しているのは、9条のようだ。自衛隊を軍隊とすることが、国民に希望を与えるのだろうか。

 これもまた、総理独特の誤謬だとしか思えない。

 

 無論、国家の安全保障の根本に関わることを憲法で、より厳密に定義することは重要な作業ではある。だが、それは「国民に希望を与える」ためではない。より、厳しい現実を直視するためだ。

 憲法改正を、安直に説明するために軽はずみに「希望」という言葉をつかったのではないかとは、私の勝手な妄想だが、「景気が良くなった。アベノミクスのおかげだ!」と叫んでも、誰も実感出来ないぐらい、総理の言葉は独りよがが目に付く。

 いずれ近い将来「希望」という言葉が死語になるかもしれない厳しい現実を打破するだけの、どんな希望を憲法改正で実現するのか。

 

 総理として、しっかり説明して欲しいものだ。

 


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