スポンサーサイト

  • 2017.05.04 Thursday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


『捏造の科学者 STAP細胞事件』を調査報道のあり方から考える

JUGEMテーマ:読書

【ブログ用/201753日】

 世間を騒がせた「STAP細胞騒動」から、早3年余りが経つ。この出来事を、世界的大発見の記者会見からずっと追い続けた記者の渾身の労作を読んだ。

 

村木事件を暴いた朝日新聞記者たちのルポ『証拠改竄 特捜検事の犯罪』を想起した。地道な調査報道による事件告発という共通点があるからだけではない。

 本来あってはならないはずのとんでもない不正の端緒を知った記者たちが、納得がいくまで取材をやめないという根気と情念。さらに、その記者たちに共鳴するように集まってくる極秘情報。

 そして、取材を進めれば進めるほど、取材者への風当たりも強くなるし、継続するために凄まじい精神力が求められる。その葛藤は、長時間読んでいられない苦痛すら感じる。

 

 一見、全く異なる別世界のエリート集団の事件なのだが、本質を突き詰めると一つの共通項が見つかる。

 すなわち、両フィールドの前提が、善意で倫理的でフェアであるという性善説が担保されている点だ。

 なぜ、フェアが担保できるのかといえば、法律家も博士号取得者も、長い学習と資格取得を経ていく中で、フェア精神を学んできたという暗黙知がある。

 検事は、証拠が全てであり、科学者にとっては実験結果が全てだ。それらから得られたことをfactとして、積み上げた結果、ある解に至る――。その過程は崇高なほどの潔癖性があるものだと皆が信じている。それは「神話」と呼んでいいのかも知れない。

 

 しかし、そこに人間の欲望や組織防衛、さらには失敗を認めない閉塞性が加わると、神話は腐敗し、崩壊する――

 

 悲しいけれど、これは人類が存在する限り、永遠に続くだろう。

 だからこそ、報道などの監視が必要になる。

 

 

 このところ、調査報道のあり方的なことを考えることが多く、久しぶりにブログの画面を開いたのも、本書から見えてくる調査報道について考えてみたくなったからだ。

 したがって、STAP騒動については、今回は敢えて深く言及せず、それは改めて別の形でしっかりと発表したい。

 

 先に結論を言うと、本書は、調査報道の一つのモデルとなる素晴らしい書だと思う。著者の須田桃子氏は、報道の本質である事実の裏付けがあっての報道で我が身を縛りながらも、自らの好奇心と疑問の答えを追い続けた

 

 記者(ジャーナリストと呼んでもよい)は良い人である必要はない。記者の使命は、権力者や不正を働いた者が隠そうとする真実を暴くことにある。そのためには手段を選ばず裏付け(fact)を探し続ける。

 本書の著者である須田桃子記者を極悪人のように言う人が、相当数いるそうだ。

 まるで脅迫者のように土足で踏み込んでくる卑劣な輩という評価すらある。

 しかし、メディアに正義を求めたいなら、須田記者の行為こそ、正義を守る過程で必須のスタンスだ。

 むしろ、感動的なぐらい愚直に、記者としての王道を突き進んでいる。

 

 記者は、道徳家でも、聖職者でもない。「人としてカス」と呼ばれても、社会に伝えるべき事実を手に入れる努力を怠ってはならない。

 だから、野蛮で下品であり、時に卑劣でもある。しかし、彼らがそういう行動が取れるのは、彼らが法律家や科学者が持つのと同種のモチベーションがあるから。それは、正義からも知れないし、使命かも知れない。

 

また、一部からは、須田記者の思い込みで読者を洗脳して、問題の結論を決めつけているという批判もあるが、これも誤りだ。

 そもそもが記事が客観的というのは幻想で、そこにはその原稿に関わった多くの当事者の主観が入る。しかし、その主観を関係者が衝突させることで、バランスが保たれる。何より、検事が証拠を、科学者が実験結果に拠り所にするのと同様に、記者は、事実(関係者の証言を含む)を拠り所にしている。

 すなわち、記者の意見は、常に事実に裏付けられている。

  尤も、記者が取材する証言者に思惑があり、ウソをつく者、ミスリードする者が少なからずいる。だから、可能な限り多くの立場の異なる専門家に取材をするのだが。

 

  別の記者が、同じ事実を手にしても別の解釈することもある(おそらく毎日新聞社内でもあったはず)が、最終的に、多くの関係者の目を通り、意見の衝突があって紙面化される。したがって、別の記者、別の社が同じ事実から別の主張をするのは当たり前のことなのだ。逆に、発表原稿ばかりに頼って、どの紙面を見ても口調まで同じにしか書かれていない記事は危険なのだ。

 

 須田記者が素晴らしいのは、自らが主観で走りそうなのを、必ず当事者に問いかけ、答えをもらい、さらに周辺の専門家の意見を聞いていること(無論、専門家のチョイスにも主観は入るが)。

 彼女の頭の中ではとっくに導き出されているはずの結果を否定するための材料を探しすらしている。

 

また、間違えてはいけないのは、記者は裁判官ではないこと。記者は忖度しないし、自粛しない。自分で勝手な解釈をしない。意見を紙面化する時は、事実の裏付けを踏まえて行う。

  読者が記事を読んで、怒ったり、記者が意図したのとは反対のリアクションがあっても、伝えるという使命としては役割を果たしている。

  記者の仕事は、知ったことを、紙面化する時のルールに則り、可能な限り全て原稿にする。それを、キャップやデスク、校閲、所属部長などがチェックして、それでも紙面化すべきだと判断されれば、記事になる。情報発信者である記者が原稿化するかどうかを判断してはいけない。

 

 極論を言えば、記者が常に正しいわけではない。ただ、取材から導き出された事実を伝えているだけだ。

そういう意味では、記者は正義の味方だと思い込むのは誤りだ。記者個人の正義漢に則っていても、結果としては、善意の人を糾弾することもあるし、自覚がないささやかな不正程度にしか考えていない一般人を叩くこともある。

 記者が行うのは、この出来事、事件、人について、取材でこんな事実が分かった。さらに、各方面の専門家はこんな風に言っていると伝えるだけ。

 それを、紙面に並べて、読者に様々な感想や批判や怒りや感動を感じてもらのが仕事なのだ。

 

 そうしたことを踏まえて、本書は調査報道の一つのひな形であることは間違いない。

 

https://www.amazon.co.jp/%E6%8D%8F%E9%80%A0%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%80%85-STAP%E7%B4%B0%E8%83%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6-%E9%A0%88%E7%94%B0-%E6%A1%83%E5%AD%90/dp/4163901914/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1493792691&sr=1-1&keywords=%E6%8D%8F%E9%80%A0%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%80%85

 

 

 


『捏造の科学者 STAP細胞事件』を調査報道のあり方から考える

JUGEMテーマ:読書

【ブログ用/201753日】

 世間を騒がせた「STAP細胞騒動」から、早3年余りが経つ。この出来事を、世界的大発見の記者会見からずっと追い続けた記者の渾身の労作を読んだ。

 

村木事件を暴いた朝日新聞記者たちのルポ『証拠改竄 特捜検事の犯罪』を想起した。地道な調査報道による事件告発という共通点があるからだけではない。

 本来あってはならないはずのとんでもない不正の端緒を知った記者たちが、納得がいくまで取材をやめないという根気と情念。さらに、その記者たちに共鳴するように集まってくる極秘情報。

 そして、取材を進めれば進めるほど、取材者への風当たりも強くなるし、継続するために凄まじい精神力が求められる。その葛藤は、長時間読んでいられない苦痛すら感じる。

 

 一見、全く異なる別世界のエリート集団の事件なのだが、本質を突き詰めると一つの共通項が見つかる。

 すなわち、両フィールドの前提が、善意で倫理的でフェアであるという性善説が担保されている点だ。

 なぜ、フェアが担保できるのかといえば、法律家も博士号取得者も、長い学習と資格取得を経ていく中で、フェア精神を学んできたという暗黙知がある。

 検事は、証拠が全てであり、科学者にとっては実験結果が全てだ。それらから得られたことをfactとして、積み上げた結果、ある解に至る――。その過程は崇高なほどの潔癖性があるものだと皆が信じている。それは「神話」と呼んでいいのかも知れない。

 

 しかし、そこに人間の欲望や組織防衛、さらには失敗を認めない閉塞性が加わると、神話は腐敗し、崩壊する――

 

 悲しいけれど、これは人類が存在する限り、永遠に続くだろう。

 だからこそ、報道などの監視が必要になる。

 

 

 このところ、調査報道のあり方的なことを考えることが多く、久しぶりにブログの画面を開いたのも、本書から見えてくる調査報道について考えてみたくなったからだ。

 したがって、STAP騒動については、今回は敢えて深く言及せず、それは改めて別の形でしっかりと発表したい。

 

 先に結論を言うと、本書は、調査報道の一つのモデルとなる素晴らしい書だと思う。著者の須田桃子氏は、報道の本質である事実の裏付けがあっての報道で我が身を縛りながらも、自らの好奇心と疑問の答えを追い続けた

 

 記者(ジャーナリストと呼んでもよい)は良い人である必要はない。記者の使命は、権力者や不正を働いた者が隠そうとする真実を暴くことにある。そのためには手段を選ばず裏付け(fact)を探し続ける。

 本書の著者である須田桃子記者を極悪人のように言う人が、相当数いるそうだ。

 まるで脅迫者のように土足で踏み込んでくる卑劣な輩という評価すらある。

 しかし、メディアに正義を求めたいなら、須田記者の行為こそ、正義を守る過程で必須のスタンスだ。

 むしろ、感動的なぐらい愚直に、記者としての王道を突き進んでいる。

 

 記者は、道徳家でも、聖職者でもない。「人としてカス」と呼ばれても、社会に伝えるべき事実を手に入れる努力を怠ってはならない。

 だから、野蛮で下品であり、時に卑劣でもある。しかし、彼らがそういう行動が取れるのは、彼らが法律家や科学者が持つのと同種のモチベーションがあるから。それは、正義からも知れないし、使命かも知れない。

 

また、一部からは、須田記者の思い込みで読者を洗脳して、問題の結論を決めつけているという批判もあるが、これも誤りだ。

 そもそもが記事が客観的というのは幻想で、そこにはその原稿に関わった多くの当事者の主観が入る。しかし、その主観を関係者が衝突させることで、バランスが保たれる。何より、検事が証拠を、科学者が実験結果に拠り所にするのと同様に、記者は、事実(関係者の証言を含む)を拠り所にしている。

 すなわち、記者の意見は、常に事実に裏付けられている。

  尤も、記者が取材する証言者に思惑があり、ウソをつく者、ミスリードする者が少なからずいる。だから、可能な限り多くの立場の異なる専門家に取材をするのだが。

 

  別の記者が、同じ事実を手にしても別の解釈することもある(おそらく毎日新聞社内でもあったはず)が、最終的に、多くの関係者の目を通り、意見の衝突があって紙面化される。したがって、別の記者、別の社が同じ事実から別の主張をするのは当たり前のことなのだ。逆に、発表原稿ばかりに頼って、どの紙面を見ても口調まで同じにしか書かれていない記事は危険なのだ。

 

 須田記者が素晴らしいのは、自らが主観で走りそうなのを、必ず当事者に問いかけ、答えをもらい、さらに周辺の専門家の意見を聞いていること(無論、専門家のチョイスにも主観は入るが)。

 彼女の頭の中ではとっくに導き出されているはずの結果を否定するための材料を探しすらしている。

 

また、間違えてはいけないのは、記者は裁判官ではないこと。記者は忖度しないし、自粛しない。自分で勝手な解釈をしない。意見を紙面化する時は、事実の裏付けを踏まえて行う。

  読者が記事を読んで、怒ったり、記者が意図したのとは反対のリアクションがあっても、伝えるという使命としては役割を果たしている。

  記者の仕事は、知ったことを、紙面化する時のルールに則り、可能な限り全て原稿にする。それを、キャップやデスク、校閲、所属部長などがチェックして、それでも紙面化すべきだと判断されれば、記事になる。情報発信者である記者が原稿化するかどうかを判断してはいけない。

 

 極論を言えば、記者が常に正しいわけではない。ただ、取材から導き出された事実を伝えているだけだ。

そういう意味では、記者は正義の味方だと思い込むのは誤りだ。記者個人の正義漢に則っていても、結果としては、善意の人を糾弾することもあるし、自覚がないささやかな不正程度にしか考えていない一般人を叩くこともある。

 記者が行うのは、この出来事、事件、人について、取材でこんな事実が分かった。さらに、各方面の専門家はこんな風に言っていると伝えるだけ。

 それを、紙面に並べて、読者に様々な感想や批判や怒りや感動を感じてもらのが仕事なのだ。

 

 そうしたことを踏まえて、本書は調査報道の一つのひな形であることは間違いない。

 

https://www.amazon.co.jp/%E6%8D%8F%E9%80%A0%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%80%85-STAP%E7%B4%B0%E8%83%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6-%E9%A0%88%E7%94%B0-%E6%A1%83%E5%AD%90/dp/4163901914/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1493792691&sr=1-1&keywords=%E6%8D%8F%E9%80%A0%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%80%85

 

 

 


『海は見えるか』一時中断

JUGEMテーマ:小説/詩
 熊本県で、今までにあまり例のないタイプの地震が続いています。
 被災された方に、ここからのお見舞いを申し上げます。

 色々と考えたのですが、少しの期間、『海は見えるか』についてのブログをお休みします。
 近いうちに、今回の熊本地震も踏まえて、再開したいと思います。

 真山仁

『海は見えるか』43

JUGEMテーマ:小説/詩


東北メディカル・バンク構想を被災者に納得してもらうため(=これは復興なのだという説得材料として)、機構では、そこで研究する若い研究者を対象に、「一年の内、4ヶ月を被災地の地域医療の支援に、8ヶ月を機構内での研究に従事させる『循環型医療支援システム』」を取り入れています。
 これは、元々地域医療が脆弱で慢性的な医師不足だったのに加え、被災したことで圧倒的に医療従事者が足りない被災地にとって垂涎の制度です。
 
 さて、これをどう考えればいいのか。
 ゲノム研究の支援をすると言っても、血液サンプルを少し多めに採取されるだけで、実害はない。その代わり、地元に若い医師が来てくれるのであれば、それはいいことじゃないか。
 
 この選択については、部外者がとやかく言うことではありません。
 ただ、ここで敢えて一つだけ重大な指摘をします。
 それは、人間を対象とした医学研究の倫理指針として知られる「ヘルシンキ宣言」の存在です。同宣言では「不利な立場または脆弱な人々と地域社会を対象とする研究について」の慎重さを求めています。
 東北メディカル・バンク構想は、この宣言に抵触していないのでしょうか?
 

『海は見えるか』42

JUGEMテーマ:小説/詩



 東北大学を拠点にした「東北メディカル・バンク構想」がスタートしたのは、2013年のことです。総額500億円の復興予算を使った「創造的復興」の切り札として始まったプロジェクトで、被災地地域をモデルに大規模ゲノムコホート研究を行い、ゲノムデータを大量に蓄積するバイオバンクも設置するというものでした。
 恥ずかしながら、ジャーナリストの古川美穂さんが書いた『東北ショック・ドクトリン』(岩波書店)というノンフィクションを読むまで、そんな構想があるのを知りませんでした。
 
 詳細は、同書を読んで戴くとして、簡単に言えば、東北地方は血縁が強く、一つのコミュニティで一緒に暮らしているケースも多い。そういうコミュニティは日本人固有の遺伝的調査に適しているそうで、それを「創造的復興」の名の下で行おうという話です。
 
 構想自体は、発災直後からあり、まだ被災者が避難所にいる期間に、調査の同意書が回ったそうです。被災者の多くは、無料で人間ドックをしてもらえると同意したそうです。実際健診は行いますが、その際に研究用の血液サンプルを提供するための「同意書」だったのです。その後、この構想が話題になった時に、初めてそれを知った人が多かったそうです。
 防潮堤の問題でもそうですが、避難所で悲嘆に暮れこれからどうやって生きていこうかと途方に暮れている際に、被災地や被災者の未来を決めるような重大事の同意書が次々に回された。私のようなひねくれ者には、それは「確信犯的悪意」に思えてなりませんでした。
 

 

『海は見えるか』41

JUGEMテーマ:小説/詩


 創造的復興――という言葉が、比較的早時期から、被災地の行政関係者の口からこぼれていたそうです。
 大抵は国や県庁関係者という被災地からやや距離のある役人や、評論家の発言が多かった。
 そもそも復興の定義もできないくせに、「創造的復興」とは、正直お笑い草だった。
 
 だが、この言葉を最初に使われたのは、東日本大震災の時ではない。
 1995年阪神淡路大震災の時にも、ある時突然「創造的復興」という言葉が登場した。具体的には、神戸を医療産業都市にしようという試みで、1000億円以上の予算をかけて、ポートアイランドに医療の中核施設を集中させました。
 しかし、果たしてそれが神戸の創造的復興なるものをもたらしたと言えば、首を傾げる人は少なくありません。
 
 そして、東日本大震災で囁かれ始めた「創造的復興」も再び医療の先端施設を建設し、日本の医療をリードしようという構想でした。
 

『海は見えるか』40

JUGEMテーマ:小説/詩

 復旧だ復興だと、人間が被災地の未来を決めることができずにいる間に、自然は新しい生態系競争を始めています。
 震災から3年目ぐらいからでしょうか? 被災地を訪れると、瓦礫が撤去されて建物の基礎部分が残るだけの荒れ地となった場所に、草花が生え始めました。
 一面、家もビルもない原野となったことで、生存能力の強い植物が、辺りを席巻します。それはもう容赦なく。
 その逞しさは目を見張ります。同時に、潮と泥を被り、本来植物が生息するには難しい場所でも、時間経過があれば、どんどん新陳代謝が行われる自然の力の前には、人間の営みなどいかに無力でちっぽけなものかを思い知らされます。
 自然のように当たり前のことすら出来ない人間の知恵とは何なんだろうと、はたと考え込んでしまいます。
 そうして途方に暮れている間に、植物は群生を始め、やがて、そこが津波に襲われた被災地であることすら覆い隠していきます。
 このセイタカアワダチソウの群生を見た時、「何の予備知識もなくここを訪れた人は、空き地のキリンソウがきれいと思うだけで、被災地だとは想像できないだろうな」と思いました。



 

『海は見えるか』39

JUGEMテーマ:小説/詩


「震災は、30年先の東北が、突然今来ただけ」
地元出身で、肉親と職を失いながらも地域復興を願ってボランティア活動を続けている30代の男性から聞いた話です。
過疎が進み、若者が働く場所が少なく、皆故郷を出て帰ってこない。
震災が起きる前から、被災地は似たりよったりの状態でした。
そして、津波が全てを破壊し、そのまま再開できない事業所も少なくありません。
彼の言葉は、将来、過疎化の行き着く先が今やってきただけだという意味だけに、聞いた時ずっしりと重く響きました。
「元に戻してもらっても困るんですよね。だから、少しでも地元の人の暮らしにプラスになることを、自分たちが主人公として被災地の未来を考える努力をしなければならない」
彼はその後も、防潮堤反対運動を続けています。
「海が見えない」のは、復旧ですらない。津波被害を受けない方法は他にもあるので、美しい浜をそのままの状態で残したいという運動を続けています。
 

『海は見えるか』38

JUGEMテーマ:小説/詩

 先日、復興予算が4年間で、9兆円も未使用だったという記事が出ていました。総額が29兆5千億円の復古予算の中の9兆円と言えば、3分の1近い額です。
 なぜ、こんなことが起きるのでしょうか?
 「最初から財務省も復興庁も地方にカネなんてやりたくないんだ」という意見が結構上がりますが、それは違うと思います。
 まず第一に、被災地の現場の状況を理解せずに予算設計をしたことが大きいと思います。
 
 同時に、実は被災地の地方自治体にも大きな問題があります。
 地元の現状をしっかりと把握し、まずは復旧するために何が必要なのかを把握した上で、国に申請できていないのではないか。さらに、復興となると創造力と総合的な都市計画をまとめる構成力が必要ですが、それを持ち合わせていないのではないかという気がします。
 この問題は、実は日本中の地方自治体全てに言える病巣です。
 
 自治体と言うけれど、結局は国の出先機関でしかなく、少しだけ目新しい企画をやってお茶を濁しているが、長期展望に立った自治体の将来プランも産業政策もない。
 とにかく地方交付税交付金を取りっぱぐれないようにして、あとは、政府の顔色を伺うだけ。
 自治体にはよく名物町長と呼ばれる人がいますが、彼らも大抵は、元々国が用意した事業を取ってきて誰も使わないハコモノばかりを建てて終わる。
 我が町に今、そして未来に何が必要なのかを考え、その資金を国を説得してでも取ってくる。そして、市民や企業を巻き込んで事業を興せる首長も自治体職員もいない。
 その結果が、復興資金の莫大な未使用に繋がったのではないのでしょうか?




 

『海は見えるか』37

JUGEMテーマ:小説/詩

そもそも震災復興とは、何を指すのでしょうか?
 被災地を災害前の状態に戻すのは、「復旧」という言葉の方が正確でしょう。
 では、「復興」とはどんな状態か?
 元に戻すだけではなく、より豊かな賑わいをもたらして初めて復興と呼ぶことができるのではないでしょうか?
 スクラップ&ビルドという言葉があります。これを創造的破壊という言い方をすることもありますが、復興にはそういう意味が込められているはずです。
 
 では、実際はどうか?
 そもそも政府が「復興」を語る資格はない思います。
 そんな計画は、片鱗もない。それどころか元あった文化や風土を無視してコンクリートの無機質な街を作ればいいと考えたふしがあります。
 これは復興どころか、復旧とも呼べない。
 でも、それを指摘するメディアはなく、この五年間、ずっとメディアも「復興」が進まないと嘆いてきました。
 では、メディアが指す「復興」とは何か。それを明確に説明したのを聞いたことがありません。
 街が賑わうための新たな産業を興すつもりもなく、ただ沿岸を防潮堤で塞ぎ、沿岸地域を何メートルもかさ上げする。そうすれば街が豊かに賑わいを取り戻す。
 誰も信じられないことを、我々はこの五年間、ずっと「復興」と呼んできた気がします。
 

calendar
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
sponsored links
selected entries
categories
archives
recent comment
recent trackback
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM