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  • 2016.04.16 Saturday
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『海は見えるか』一時中断

JUGEMテーマ:小説/詩
 熊本県で、今までにあまり例のないタイプの地震が続いています。
 被災された方に、ここからのお見舞いを申し上げます。

 色々と考えたのですが、少しの期間、『海は見えるか』についてのブログをお休みします。
 近いうちに、今回の熊本地震も踏まえて、再開したいと思います。

 真山仁

『海は見えるか』43

JUGEMテーマ:小説/詩


東北メディカル・バンク構想を被災者に納得してもらうため(=これは復興なのだという説得材料として)、機構では、そこで研究する若い研究者を対象に、「一年の内、4ヶ月を被災地の地域医療の支援に、8ヶ月を機構内での研究に従事させる『循環型医療支援システム』」を取り入れています。
 これは、元々地域医療が脆弱で慢性的な医師不足だったのに加え、被災したことで圧倒的に医療従事者が足りない被災地にとって垂涎の制度です。
 
 さて、これをどう考えればいいのか。
 ゲノム研究の支援をすると言っても、血液サンプルを少し多めに採取されるだけで、実害はない。その代わり、地元に若い医師が来てくれるのであれば、それはいいことじゃないか。
 
 この選択については、部外者がとやかく言うことではありません。
 ただ、ここで敢えて一つだけ重大な指摘をします。
 それは、人間を対象とした医学研究の倫理指針として知られる「ヘルシンキ宣言」の存在です。同宣言では「不利な立場または脆弱な人々と地域社会を対象とする研究について」の慎重さを求めています。
 東北メディカル・バンク構想は、この宣言に抵触していないのでしょうか?
 

『海は見えるか』42

JUGEMテーマ:小説/詩



 東北大学を拠点にした「東北メディカル・バンク構想」がスタートしたのは、2013年のことです。総額500億円の復興予算を使った「創造的復興」の切り札として始まったプロジェクトで、被災地地域をモデルに大規模ゲノムコホート研究を行い、ゲノムデータを大量に蓄積するバイオバンクも設置するというものでした。
 恥ずかしながら、ジャーナリストの古川美穂さんが書いた『東北ショック・ドクトリン』(岩波書店)というノンフィクションを読むまで、そんな構想があるのを知りませんでした。
 
 詳細は、同書を読んで戴くとして、簡単に言えば、東北地方は血縁が強く、一つのコミュニティで一緒に暮らしているケースも多い。そういうコミュニティは日本人固有の遺伝的調査に適しているそうで、それを「創造的復興」の名の下で行おうという話です。
 
 構想自体は、発災直後からあり、まだ被災者が避難所にいる期間に、調査の同意書が回ったそうです。被災者の多くは、無料で人間ドックをしてもらえると同意したそうです。実際健診は行いますが、その際に研究用の血液サンプルを提供するための「同意書」だったのです。その後、この構想が話題になった時に、初めてそれを知った人が多かったそうです。
 防潮堤の問題でもそうですが、避難所で悲嘆に暮れこれからどうやって生きていこうかと途方に暮れている際に、被災地や被災者の未来を決めるような重大事の同意書が次々に回された。私のようなひねくれ者には、それは「確信犯的悪意」に思えてなりませんでした。
 

 

『海は見えるか』41

JUGEMテーマ:小説/詩


 創造的復興――という言葉が、比較的早時期から、被災地の行政関係者の口からこぼれていたそうです。
 大抵は国や県庁関係者という被災地からやや距離のある役人や、評論家の発言が多かった。
 そもそも復興の定義もできないくせに、「創造的復興」とは、正直お笑い草だった。
 
 だが、この言葉を最初に使われたのは、東日本大震災の時ではない。
 1995年阪神淡路大震災の時にも、ある時突然「創造的復興」という言葉が登場した。具体的には、神戸を医療産業都市にしようという試みで、1000億円以上の予算をかけて、ポートアイランドに医療の中核施設を集中させました。
 しかし、果たしてそれが神戸の創造的復興なるものをもたらしたと言えば、首を傾げる人は少なくありません。
 
 そして、東日本大震災で囁かれ始めた「創造的復興」も再び医療の先端施設を建設し、日本の医療をリードしようという構想でした。
 

『海は見えるか』40

JUGEMテーマ:小説/詩

 復旧だ復興だと、人間が被災地の未来を決めることができずにいる間に、自然は新しい生態系競争を始めています。
 震災から3年目ぐらいからでしょうか? 被災地を訪れると、瓦礫が撤去されて建物の基礎部分が残るだけの荒れ地となった場所に、草花が生え始めました。
 一面、家もビルもない原野となったことで、生存能力の強い植物が、辺りを席巻します。それはもう容赦なく。
 その逞しさは目を見張ります。同時に、潮と泥を被り、本来植物が生息するには難しい場所でも、時間経過があれば、どんどん新陳代謝が行われる自然の力の前には、人間の営みなどいかに無力でちっぽけなものかを思い知らされます。
 自然のように当たり前のことすら出来ない人間の知恵とは何なんだろうと、はたと考え込んでしまいます。
 そうして途方に暮れている間に、植物は群生を始め、やがて、そこが津波に襲われた被災地であることすら覆い隠していきます。
 このセイタカアワダチソウの群生を見た時、「何の予備知識もなくここを訪れた人は、空き地のキリンソウがきれいと思うだけで、被災地だとは想像できないだろうな」と思いました。



 

『海は見えるか』39

JUGEMテーマ:小説/詩


「震災は、30年先の東北が、突然今来ただけ」
地元出身で、肉親と職を失いながらも地域復興を願ってボランティア活動を続けている30代の男性から聞いた話です。
過疎が進み、若者が働く場所が少なく、皆故郷を出て帰ってこない。
震災が起きる前から、被災地は似たりよったりの状態でした。
そして、津波が全てを破壊し、そのまま再開できない事業所も少なくありません。
彼の言葉は、将来、過疎化の行き着く先が今やってきただけだという意味だけに、聞いた時ずっしりと重く響きました。
「元に戻してもらっても困るんですよね。だから、少しでも地元の人の暮らしにプラスになることを、自分たちが主人公として被災地の未来を考える努力をしなければならない」
彼はその後も、防潮堤反対運動を続けています。
「海が見えない」のは、復旧ですらない。津波被害を受けない方法は他にもあるので、美しい浜をそのままの状態で残したいという運動を続けています。
 

『海は見えるか』38

JUGEMテーマ:小説/詩

 先日、復興予算が4年間で、9兆円も未使用だったという記事が出ていました。総額が29兆5千億円の復古予算の中の9兆円と言えば、3分の1近い額です。
 なぜ、こんなことが起きるのでしょうか?
 「最初から財務省も復興庁も地方にカネなんてやりたくないんだ」という意見が結構上がりますが、それは違うと思います。
 まず第一に、被災地の現場の状況を理解せずに予算設計をしたことが大きいと思います。
 
 同時に、実は被災地の地方自治体にも大きな問題があります。
 地元の現状をしっかりと把握し、まずは復旧するために何が必要なのかを把握した上で、国に申請できていないのではないか。さらに、復興となると創造力と総合的な都市計画をまとめる構成力が必要ですが、それを持ち合わせていないのではないかという気がします。
 この問題は、実は日本中の地方自治体全てに言える病巣です。
 
 自治体と言うけれど、結局は国の出先機関でしかなく、少しだけ目新しい企画をやってお茶を濁しているが、長期展望に立った自治体の将来プランも産業政策もない。
 とにかく地方交付税交付金を取りっぱぐれないようにして、あとは、政府の顔色を伺うだけ。
 自治体にはよく名物町長と呼ばれる人がいますが、彼らも大抵は、元々国が用意した事業を取ってきて誰も使わないハコモノばかりを建てて終わる。
 我が町に今、そして未来に何が必要なのかを考え、その資金を国を説得してでも取ってくる。そして、市民や企業を巻き込んで事業を興せる首長も自治体職員もいない。
 その結果が、復興資金の莫大な未使用に繋がったのではないのでしょうか?




 

『海は見えるか』37

JUGEMテーマ:小説/詩

そもそも震災復興とは、何を指すのでしょうか?
 被災地を災害前の状態に戻すのは、「復旧」という言葉の方が正確でしょう。
 では、「復興」とはどんな状態か?
 元に戻すだけではなく、より豊かな賑わいをもたらして初めて復興と呼ぶことができるのではないでしょうか?
 スクラップ&ビルドという言葉があります。これを創造的破壊という言い方をすることもありますが、復興にはそういう意味が込められているはずです。
 
 では、実際はどうか?
 そもそも政府が「復興」を語る資格はない思います。
 そんな計画は、片鱗もない。それどころか元あった文化や風土を無視してコンクリートの無機質な街を作ればいいと考えたふしがあります。
 これは復興どころか、復旧とも呼べない。
 でも、それを指摘するメディアはなく、この五年間、ずっとメディアも「復興」が進まないと嘆いてきました。
 では、メディアが指す「復興」とは何か。それを明確に説明したのを聞いたことがありません。
 街が賑わうための新たな産業を興すつもりもなく、ただ沿岸を防潮堤で塞ぎ、沿岸地域を何メートルもかさ上げする。そうすれば街が豊かに賑わいを取り戻す。
 誰も信じられないことを、我々はこの五年間、ずっと「復興」と呼んできた気がします。
 

『海は見えるか』36

JUGEMテーマ:小説/詩


 防潮堤の問題でもう一つ重要な視点があります。
 防潮堤によって、沿岸から海が見えなくなることです。
 無論、堤防の上に上れば海は望めます。しかし、防潮堤の手前側にいたら、海はまったく見ることができません。
 
 震災で津波が発生した時、「海岸近くの海の底が見えた」ことで、大津波がやってくると察知し、必死で逃げたという証言が多数ありました。
 「海底が見えたら逃げよ」という古くからの言い伝えがあったからですが、それも防潮堤ができると見えなくなります。
 津波被害を受けた沿岸部の人たちは、生まれた時から海を眺め、海から生活の糧を得てきました。海と共存共栄してきたのです。
 
 そのため、震災後暫く経つと「海は怖いし憎い。でも、やっぱり気がつくと海を見ている」と答える被災者が大勢いました。
 多くの命や生活を奪った海ですが、それでも海から離れられないのが被災者の心情なのではないでしょうか。
 
 バブル経済が崩壊した後、日本は風土や地域特有の文化を蔑ろしてきた傾向があります。
 カネが全て。もっと言えば、弱者を踏み台にして誰がどうやって生き残るかに汲々としてきました。さらに、今まで以上に全国を一律標準化してしか考えないようになってもきました。
 それは、日本であって、日本ではない――。そんな印象を抱いている人は少なくないはずです。
 
震災復興を考えるに当たっても、同様の作用が働いた気がします。
 津波が怖いなら高い壁をつくればいい。それが被災者のためだろ、という根拠なき自信が邁進し、地元の声も、風土も文化も蹴散らしてきました。
 震災復興は、被災地だけの問題ではないことが、防潮堤建設の本質を掘り下げていくと見えてきたのです。
 
 
 

『海は見えるか』36

JUGEMテーマ:小説/詩


 防潮堤の問題でもう一つ重要な視点があります。
 防潮堤によって、沿岸から海が見えなくなることです。
 無論、堤防の上に上れば海は望めます。しかし、防潮堤の手前側にいたら、海はまったく見ることができません。
 
 震災で津波が発生した時、「海岸近くの海の底が見えた」ことで、大津波がやってくると察知し、必死で逃げたという証言が多数ありました。
 「海底が見えたら逃げよ」という古くからの言い伝えがあったからですが、それも防潮堤ができると見えなくなります。
 津波被害を受けた沿岸部の人たちは、生まれた時から海を眺め、海から生活の糧を得てきました。海と共存共栄してきたのです。
 
 そのため、震災後暫く経つと「海は怖いし憎い。でも、やっぱり気がつくと海を見ている」と答える被災者が大勢いました。
 多くの命や生活を奪った海ですが、それでも海から離れられないのが被災者の心情なのではないでしょうか。
 
 バブル経済が崩壊した後、日本は風土や地域特有の文化を蔑ろしてきた傾向があります。
 カネが全て。もっと言えば、弱者を踏み台にして誰がどうやって生き残るかに汲々としてきました。さらに、今まで以上に全国を一律標準化してしか考えないようになってもきました。
 それは、日本であって、日本ではない――。そんな印象を抱いている人は少なくないはずです。
 
震災復興を考えるに当たっても、同様の作用が働いた気がします。
 津波が怖いなら高い壁をつくればいい。それが被災者のためだろ、という根拠なき自信が邁進し、地元の声も、風土も文化も蹴散らしてきました。
 震災復興は、被災地だけの問題ではないことが、防潮堤建設の本質を掘り下げていくと見えてきたのです。
 
 
 
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